粒界腐食(Intergranular Corrosion, IGC)は、金属構造物の信頼性を脅かす重大な腐食現象です。特にステンレス鋼などの耐食性金属で発生するため、「腐食に強いはずの材料が突然破断した」といったトラブルの原因となりがちです。
今日は、粒界腐食の発生メカニズムから、なぜ特定の材料・条件で顕著になるのか、さらには実務で役立つ防止対策まで、専門家の視点から詳しく解説します。
粒界腐食とは?まずは基本から理解しよう

粒界腐食とは、金属の結晶粒(グレイン)とその境界部(粒界)に選択的に進行する局所腐食です。腐食は金属全体に均一に起こるわけではなく、粒界のみが侵食され、やがて金属組織がバラバラになることで機械的強度が急激に低下します。
【なぜ粒界が腐食しやすいのか?】
- 結晶粒界は原子の配列が乱れやすく、エネルギー的に不安定
- 拡散や析出反応が起こりやすい部位
- 腐食環境との反応性が高い
つまり、金属の「弱点」として腐食のターゲットになりやすいのです。
粒界腐食が発生するメカニズム
粒界腐食の主要因は、金属の加熱処理中に起こる「鋭敏化(sensitization)」です。
1. 鋭敏化とは?(Sensitization)
オーステナイト系ステンレス鋼(例:SUS304)を450〜850℃の温度領域に一定時間保持すると、クロムと炭素が結合して粒界に炭化クロム(Cr₂₃C₆)が析出します。
このとき、粒界近傍のクロム濃度が局所的に低下(クロム枯渇)することで、その部分の耐食性が著しく損なわれるのです。
2. 腐食環境との接触
鋭敏化された金属が、酸・塩化物・湿気などの腐食性環境にさらされると、クロムが失われた粒界から腐食が始まります。初期段階では外見上の変化は少なくても、内部では深刻な損傷が進行します。
発生しやすい材料と加工条件
オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304, SUS316など)
耐食性に優れるが、炭素量が高い場合や不適切な溶接熱履歴により鋭敏化しやすい。
加熱温度帯:450〜850℃
この温度域に5分〜数時間滞留すると炭化クロムが析出する可能性が高くなる。
溶接や熱処理、応力除去焼鈍後の放置
特に熱影響部(HAZ)では鋭敏化が発生しやすいため注意が必要です。
粒界腐食による破損事例
事例1:化学プラントのステンレス配管
酸性液を通すステンレス配管が破裂。調査の結果、溶接部の熱影響によって鋭敏化が進行し、粒界腐食が起因していたことが判明。
事例2:ボイラーの熱交換器
高温環境で使用されるボイラー部品に粒界腐食が進行。腐食によって熱交換効率が低下し、最終的に破損。
粒界腐食を防止する実践的な対策
粒界腐食は「起こってから」では遅く、設計・材料選定・加工段階での予防が鍵です。
① 低炭素鋼を使用する(例:SUS304L, SUS316L)
炭素量が少ない鋼種では、炭化クロムの析出が起こりにくく、鋭敏化を抑制可能。
② 安定化ステンレス鋼の選定(例:SUS321, SUS347)
TiやNbを含む安定化ステンレスでは、炭素とこれらの元素が先に結合し、クロムの消費を防止。
③ 溶体化熱処理(Solution Annealing)
溶接後や高温処理後に1050℃以上で加熱→急冷を行い、析出した炭化クロムを溶解除去。
④ 二相ステンレスの採用(例:SUS329J1)
フェライト・オーステナイトの両方を含み、耐粒界腐食性に優れる。
⑤ 環境制御(塩素、硫酸、海水環境の回避)
腐食性物質との接触を最小限に抑えることで進行を防ぐ。
粒界腐食の評価と試験方法
腐食は見た目に現れにくいため、信頼性評価には検査が必須です。
ASTM A262(Practice A〜E)
ステンレスの粒界腐食感受性を評価するための代表的な腐食試験。
- Practice A:マクロエッチング法(顕微鏡で粒界を観察)
- Practice C, E:腐食液に浸漬し、質量変化や割れを評価
顕微鏡観察(SEM、光学顕微鏡)
粒界への析出物や腐食痕の確認が可能。
電気化学的測定(DL-EPR法)
鋭敏化の程度を定量評価できる。
粒界腐食と他の腐食との違い
腐食の種類 | 主な特徴 | 主な材料 |
---|---|---|
粒界腐食 | 結晶粒界に選択的に腐食、強度低下 | ステンレス鋼 |
応力腐食割れ | 応力と腐食の複合作用で割れ発生 | オーステナイト系鋼など |
点腐食 | 微小な孔食として進行し、深いピットになる | クロム鋼、ニッケル合金 |
全面腐食 | 金属全体が均一に腐食 | 炭素鋼、アルミニウムなど |
まとめ|粒界腐食対策は信頼性設計の要
粒界腐食は材料選定・設計・加工プロセスすべてにまたがる「設計者・製造者共通の課題」です。とくにステンレスを扱う際には、鋭敏化をいかに防ぐかが長寿命化・高信頼性の鍵となります。
記事の要点まとめ:
- 粒界腐食は結晶粒の境界に起こる選択的腐食
- 450〜850℃の加熱により鋭敏化→腐食環境で進行
- 低炭素鋼や安定化鋼、溶体化処理が有効な対策
- 評価にはASTM試験や顕微鏡、電気化学試験がある
設計段階での材料選定や、溶接・熱処理後の工程見直しが、粒界腐食の発生リスクを大幅に低減できます。
現場の技術者や設計担当者の方々にとって、金属部品の信頼性向上の一助になれば幸いです。