NAK55は、高硬度・高靱性のプレハードン鋼(PH鋼)です。この鋼材は、耐摩耗性や耐熱性に優れ、金型や工具などの用途に広く使用されています。NAK55は特にプラスチック金型やゴム金型の製作に適しています。
NAK55とは?基本概要
NAK55(ナック55) は、大同特殊鋼が開発したプリハードン鋼(Pre-hardened Steel)で、プラスチック金型に特化して設計された合金工具鋼です。出荷時点で硬度が約40HRC前後に調整されており、追加の熱処理が不要なことが最大の特徴です。
用途としては、プラスチック成形用の中型〜大型金型、治具プレートなどで幅広く使用されています。
化学成分
NAK55の具体的な化学成分の一般的な成分例は以下の通りです。
- 炭素 (C): 0.15%
- シリコン (Si): 0.3%
- マンガン (Mn): 適量
- クロム (Cr): 1.0%
- モリブデン (Mo): 0.30%
- ニッケル (Ni): 3.00%
- その他微量元素
項目 | 内容 |
---|---|
種類 | プリハードン鋼(焼入れ・焼戻し済み) |
硬度 | 約37~43HRC(出荷時) |
主成分 | C, Cr, Mo, Ni, Cu(焼入れ性と耐食性を考慮) |
特長 | 高切削性・ミガキ性・寸法安定性 |
NAK55は、ニッケルや銅を含むことで機械的特性と耐食性をバランスよく確保しています。
熱処理不要のプリハードン鋼
最大の利点は、熱処理工程を省略できることです。
通常の金型鋼(S50CやSKD11など)は、焼入れ・焼戻しが必要ですが、NAK55はあらかじめ硬度調整済みのため、機械加工後にそのまま使用できます。
メリットの詳細
- 熱処理による変形・寸法ズレのリスクがない
- 加工→組立のリードタイムが大幅短縮
- 外注処理コストの削減が可能
優れた切削性と加工性
NAK55は、高硬度でも被削性に優れた鋼材として評価されています。
- エンドミル、ドリル、タップなどの工具寿命が長い
- 高速切削でもバリが出にくく、工具摩耗が少ない
- 複雑な形状加工でも、微細形状を安定して再現
特にCNCマシニング加工との相性が良く、金型加工におけるトータルコストを削減できます。
高いミガキ性・放電加工性
NAK55は表面処理性にも優れています。
- 鏡面仕上げが可能(ミガキ性◎)
- 放電加工後のスス残りが少なく、後処理が容易
- 窒化処理・クロムめっきなどの二次処理にも適応
プラスチック成形品においては、製品の外観品質や離型性を左右する重要なポイントです。
安定した寸法精度
熱処理をしないことにより、寸法の狂いがなく、安定した形状精度を維持できます。
- 多数個取りの部品にも有利
- 公差管理がしやすく、リワークの削減に貢献
注意点:NAK55の弱点と適さない用途
使用上の注意点もあります。
- 表面硬度が限界(約43HRC)なので、摩耗性が極めて高い用途には不向き
- 高温下(250℃以上)での使用には不安あり
- 焼入れによる硬度強化ができない(既に熱処理済み)
適さない例
- 高サイクルの射出成形でバリが出やすい製品
- 高摩耗のエッジ部分
- 高温型(ゴム金型など)の直接接触部
他鋼材(NAK80・S50Cなど)との比較
鋼材 | 硬度 | ミガキ性 | 放電性 | 加工性 | コスト | 特徴 |
---|---|---|---|---|---|---|
NAK55 | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ○ | バランス型プリハードン鋼 |
NAK80 | ◎ | ◎◎ | ◎ | ○ | △ | ミガキ性重視・鏡面用途向き |
S50C | △ | △ | △ | ◎ | ◎ | 汎用鋼・熱処理必要 |
SKD11 | ◎ | △ | △ | △ | △ | 高硬度・高摩耗用に最適 |
NAK80と比較すると、NAK55は加工性・コスト面に優れ、実用性を重視する中量産型金型に最適です。
主な用途
NAK55は高精度かつ高耐久性が求められる製品の製造において非常に有用です。追加熱処理が不要であること、優れた機械加工性、靱性、寸法安定性、コスト削減効果など、製造業において重要な要素を多く持ち合わせ、さまざまな産業分野で広く使用されています。
プラスチック成形用金型
- 射出成形金型
- プラスチック製品を高精度で大量生産するための金型に使用されます。NAK55の高硬度と高靱性により、長期間の使用に耐え、金型のメンテナンス頻度を低減します。
- ブロー成形金型
- プラスチックボトルや容器の製造に使用される金型にも適しています。NAK55の優れた表面仕上げ性により、製品の品質を向上させることができます。
- 圧縮成形金型
- 高温・高圧の条件下でプラスチックを成形する際に使用される金型に最適です。NAK55の耐熱性と寸法安定性が重要です。
エンジニアリングプラスチック成形用金型
- 高性能プラスチック製品の成形
- 高精度かつ高品質なエンジニアリングプラスチック製品の製造に使用されます。NAK55の寸法安定性と高硬度が、厳しい公差を要求される製品に適しています。
各種機械部品
- 高精度機械部品
- 高硬度と耐摩耗性が求められる機械部品の製造に使用されます。例として、精密ギアやカムシャフトなどがあります。
- 耐久性のある部品
- 衝撃や摩耗に対して高い耐久性を持つ部品の製造に適しています。例として、重機や産業機械の部品が挙げられます。
医療機器
- 医療用金型
- 医療機器や部品の製造に使用される金型にも適しています。NAK55の優れた表面仕上げ性と寸法安定性が、高精度な医療部品の製造に寄与します。
自動車産業
- 自動車部品の金型
- 自動車の内装部品や外装部品の成形金型に使用されます。NAK55の耐熱性と耐摩耗性が、高品質な自動車部品の大量生産に適しています。
- エンジン部品
- エンジンの高精度部品や耐久性が求められる部品の製造にも適しています。
家電製品
- 家電部品の金型
- テレビ、洗濯機、冷蔵庫などの家電製品の部品を製造するための金型に使用されます。NAK55の高硬度と良好な表面仕上げ性が、製品の外観品質を向上させます。
メリット
追加熱処理不要
- NAK55はプレハードン鋼で、出荷時に40~43HRCの硬度を持っています。そのため、追加の熱処理が不要です。これにより、製造工程が簡略化され、時間とコストが大幅に削減されます。
優れた機械加工性
- 加工がしやすく、切削加工や放電加工が容易に行えます。これにより、複雑な形状の金型や部品を高精度に作成できます。工具の摩耗も比較的少なく、加工コストの低減にもつながります。
高靱性と耐久性
- 高い靱性を持ち、衝撃や摩耗に対して優れた耐久性を発揮します。これにより、長寿命の金型や工具を製作することができ、メンテナンス頻度を減少させることができます。
良好な研削性と表面仕上げ
- 研削やポリッシングが容易で、優れた表面仕上げが可能です。これにより、最終製品の品質向上が期待できます。
安定した寸法精度
- 熱処理後の寸法変化が少なく、安定した寸法精度を保つことができます。これにより、高精度な部品製作が可能です。
高い耐熱性
- 高温環境でも優れた性能を発揮し、ダイカスト金型などの高温で使用されるアプリケーションにも適しています。
コスト削減
- プレハードン鋼であるため、熱処理工程が不要であることから製造コストを削減できます。また、長寿命のため、メンテナンスや交換の頻度が減少し、総合的なコスト削減につながります。
時間短縮
- 熱処理工程を省略できるため、製造リードタイムが短縮され、迅速な製品提供が可能です。
注意点
- 高硬度による加工難易度
- NAK55は高硬度(40~43HRC)を持つため、一般的な工具では加工が難しい場合があります。高硬度用の切削工具や研削工具を使用することが推奨されます。特に工具の選定や切削条件には注意が必要です。
- 溶接の困難さ
- 高硬度鋼であるため、溶接が難しい場合があります。溶接を行う場合は、適切な予熱と後熱処理を行い、溶接部の硬化や割れを防ぐ対策を講じる必要があります。専門的な溶接技術と経験が求められます。
- 熱処理の制限
- プレハードン鋼として供給されるため、追加の熱処理を行うことが難しいです。追加の硬化処理が必要な場合や特定の熱処理を施す場合は、事前に鋼材メーカーと相談することが重要です。
- 加工時の温度管理
- 加工中に発生する熱によって鋼材が過熱することを防ぐため、適切な冷却が必要です。特に長時間の連続加工や高負荷加工を行う場合は、冷却液の使用や断続加工を検討することが推奨されます。
- 表面処理
- NAK55の表面処理を行う場合、適切な前処理を行うことが重要です。例えば、窒化処理やPVDコーティングなどの表面硬化処理を施す際には、処理条件に応じた適切な準備が必要です。
- 寸法管理
- プレハードン鋼の特性を活かすために、寸法管理を厳密に行うことが求められます。熱処理による寸法変化が少ないとはいえ、加工時の歪みや収縮を考慮して設計・製造を行う必要があります。
- 保管と取り扱い
- NAK55は湿気や腐食に対して注意が必要です。長期間保管する場合は、防錆処理を施し、乾燥した環境で保管することが推奨されます。取り扱い時には、傷や打痕が付かないように注意しましょう。
- 環境条件
- 極端な温度変化や腐食性の高い環境下では、NAK55の特性が変わることがあります。使用環境に応じた適切な対策を講じることが重要です。
- 適切な加工設備の選定
まとめ
NAK55は「熱処理不要」「高精度」「高加工性」という3拍子がそろった金型用鋼であり、中〜大型プラスチック金型や精密治具に最適な材料です。
使用にあたっては、摩耗性・高温性などの限界を理解し、用途に応じた最適な鋼材選定を心がけましょう。
