金属加工では、図面通りに寸法を仕上げ、表面精度や強度などを満たすことが当然のように求められます。しかし、それだけでは本当に高品質な製品とは言えません。実は、見えない内部の「力」=残留応力(residual stress)が、製品の変形・割れ・寿命短縮などの不具合を引き起こす“隠れた原因”となっていることが少なくありません。
今日は、残留応力の基本から発生メカニズム、具体的な影響、測定方法、除去処理、製造工程における管理のポイントまで、詳しく解説します。
残留応力とは?|「加工後にも残る内部応力」
残留応力とは、「部品や材料に外力が加わっていない状態であっても内部に存在し続ける応力」のことです。これは加工や熱処理、冷却などによって内部構造にひずみが生じ、そのひずみが解消されないまま“応力”として材料中に蓄積されている現象です。
🔍 ポイント
- 外見や寸法では分からない
- 材料内部に存在する「目に見えない力」
- 放置すると後から変形・破壊などを引き起こす
なぜ残留応力が発生するのか?|主な発生メカニズム
残留応力は、金属加工や処理の過程で材料に不均一な変形や熱分布が生じたときに発生します。以下に代表的な発生原因を解説します。
① 熱処理や急冷(焼入れ・溶接など)
材料を加熱した後に急冷すると、表面と内部の冷却速度の差で体積変化(膨張・収縮)に差が生じ、内部に引張応力や圧縮応力が残ります。
例
- 焼入れ後の部品に、中心部が膨張しきれず、表層に引張応力が残る
- 溶接部で熱膨張後、冷却により収縮し、応力が局所的に蓄積される
② 塑性加工(圧延・鍛造・曲げ加工など)
加工中、材料が塑性変形を受けると表面と内部で異なるひずみ量が発生し、それが応力として残ります。
例
- ロール圧延で、外層が引っ張られ、内層が圧縮される
- 曲げ加工で、外側は引張応力、内側は圧縮応力になる
③ 機械加工(切削、フライス、研削など)
刃物との接触によって材料表面に局所的な圧力・熱が発生し、表面層に微細な変形が残り応力源となる。
特に注意
- 仕上げ面が硬化(加工硬化)すると、表面に引張応力が集中しやすくなる
- 切削条件が不適切だと、応力が偏在する
残留応力が製品に与える影響|見逃すと重大不良につながる
残留応力は製品の強度や寸法精度、長期使用の信頼性に大きな影響を与えます。以下はその主な例です。
◾ 加工後の「反り」や「変形」
高精度な仕上げをしても、時間経過や環境変化(温度差など)で、残留応力によって形状が変化してしまうことがあります。
◾ 溶接部や鋳造品のクラック発生
溶接で生じた応力が局所的に集中し、クラック(亀裂)や割れの原因になります。
◾ 疲労強度の低下
内部の引張応力は、疲労破壊(繰り返し荷重による破損)の起点となることがあり、製品寿命を著しく短くします。
◾ 組立時の寸法誤差・位置ずれ
組み付け部品が合わず、隙間や干渉が発生することがあります。これは加工後のわずかな変形が原因であることが多いです。
残留応力の測定方法|見えない応力を“見える化”する技術
主な測定技術
測定法 | 特徴 | 非破壊性 | 精度 |
---|---|---|---|
X線回折法 | 表面の応力測定に優れる。精密。 | ○ | 高精度 |
穴あけ法 | 小さな穴を開けて変形から内部応力を測定 | △ | 中精度 |
超音波法 | 深部の応力評価が可能 | ○ | 中程度 |
中性子回折法 | 材料内部の応力分布を非破壊で可視化 | ○ | 非常に高い(設備は限定的) |
注目ポイント
- 測定方法によって得られる深さや精度が異なる
- 表面だけでなく内部の応力分布も重要
パルステック工業株式会社:https://www.pulstec.co.jp/product/x-ray
残留応力の除去・緩和方法|「見えない応力」をコントロールする技術
残留応力は発生を完全にゼロにすることは困難ですが、適切な処理によってコントロール・低減することが可能です。
① 応力除去焼鈍(ストレスリリーフ焼鈍)
中低温(例:550~650℃)で材料を加熱し、ゆっくり冷却することで応力を緩和する方法。
- 鋼材の溶接・機械加工後によく用いられる
- 精密部品や大型構造物のひずみ防止にも効果的
② ショットピーニング
小さな鋼球を高速で表面に打ち付け、表層に圧縮応力を与えて引張応力を中和する。
- 航空機部品、ギア、スプリングなどに広く使用
- 表面疲労強度が大きく向上する
③ 振動応力緩和(VSR)
共振周波数で部品に振動を与え、内部応力を緩和させる。
- 大型鋼構造物やフレーム構造に有効
- 熱処理を避けたい部品にも適用可能
製造現場での残留応力マネジメントのポイント
- 設計段階から残留応力の影響を想定する
- 加工順序、固定方法、材料選定で応力を軽減
- 熱処理・加工工程の前後で適切な応力除去処理を組み込む
- 応力測定で“見える化”し、異常品の早期発見につなげる
- 加工後の反り・変形の傾向を蓄積し、品質改善につなげる
まとめ|残留応力への理解が、安定品質と信頼性の鍵
金属加工における“見えないリスク”である残留応力。その存在を無視すると、後工程や納入先でのトラブル、最悪の場合は製品の致命的欠陥につながりかねません。
「加工後のトラブルの原因がわからない」
「時間が経つと部品が反ってくる」
…そんなときは、残留応力の存在を疑ってみてください。
見えない応力をコントロールすることは、精密なものづくりの本質的な品質向上に直結します。貴社の製品力強化に、残留応力マネジメントをぜひご活用ください。